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Whole Food Dining

食べることが好きで飲食業に携わっていたこともありました。最近食や健康の大切さを感じています。食を通じてたくさんの人と交流できたらいいなと思っていますので、よろしくお願いします!

食の究極。禅思想を取り入れる。

 

食に対する禅的思考

 

 

仏教にもいろいろと宗派がありますが、

道元が開いた曹洞宗は『食』を重んじるものだということはみなさん知っていますか?

 

食事作法を説いた『典座教訓』などの食の書も存在します。

 

禅と言えば座禅を組むというイメージが浮かびますが、

食事に関しても禅の思想が反映されているんですね!

 

食事をつくることも食べることも禅そのものだという考え方です。

 

ぼくたちにとって最も身近な食事を、

禅思想でとらえ直すことが必要な時代になってきているのではないでしょうか。

 

その考え方は至ってシンプルです。

食事に対する考え方を改めさせてくれ、

食事の大切さやありがたさを考える機会にきっとなるはずです。

 

 

食事をつくることも食べることも修行

 

 

普段何気なく食べてしまっている食事も、

修行のうちのひとつとして考えるというのはハッとさせられる言葉でした。

 

いかに食べることを今まで軽視しているのかということに気づかされます。

機械的に食べていたような気がします。

 

食事をすることでぼくたちは生きることができるということ・・・。

もう一度考え直す必要があるなと思いませんか!?

 

また食べ物に感謝する気持ちを忘れず、

ひとつひとつの食材のおかげで生きることができるということ心に刻んでおきたいものです。

 

自分が今食べている食材は、

縁があって結び付き自分のカラダに取り入れることができるのだという考え方は仏教的だなと感じました。

 

みなさんも今ありつけている食事が、

自分の口に入るまでの過程を想像してみてください。

 

例えば今口にしているのがにんじんだとします。

 

種から成長して顔も知らない農家の方に育てられる。

数多く収穫されたにんじんの中からお店に並べられ、

その中からひとつ選んで買tたものを食べているんですよね!

 

このことがどれだけすごいことなのか。

禅では『どんな食材も100人の手を経ていまそこにある』といった言い方をします。

まさに縁あってその食材と結びつくことができるんですよね。

 

そう考えると奇跡的な関係だなと思います。

まさに食材とそこに関わっている人たちへ感謝をしなければいけないなと思ます。

 

食材を大事に食事をしないと罰が当たるなと思うのです。

どんな食材であっても粗末にはできません。

 

食事をつくることから食べることまで誠心誠意心を込めることが大切であり、

まさに修行なのだなと実感しました。

 

食事に対する禅思想は食に対する根本的な考え方を、

改めて思い直す機会になるはずです。

 

ぜひこれから食の禅思想をいろいろとご紹介していけたらと思います。